日本の歴史は日本人が創る

ヤマト民族日本人に“我れ蘇り”を希う

☆小澤、鳩山系民主党員は行動せよ

 望ましい合議制を以ってする党内合意を、即ち、合意形成に至る活動そのものを封印し否定したばかりか、斃れし自民党から抜け出しては「立ち上がれ日本」に合流、程なく、表向きには政治的流浪の民を選択し、次回衆院選には臨まぬと思しき与謝野馨なる増税至上論者を、党内に諮ることなく独断で閣僚に招き入れ、権力欲満々の独善真っ只中に在る事大主義者の菅直人。市川房江と云う縋り付く主を失い、労働無しの、新たな生きる場を見付けては転々としていた菅直人が、「新党魁」に絡み付いたのを最後に辿り着いたのが、鳩山由紀夫兄弟の創党となる民主党ではあったのである。

 六十歳を目の前にし、権力欲に目覚めた菅直人のとった行動は、庇を借りては民主党の母屋を乗っ取り、肥え太ろうと企んだ事ぐらいではあるのだろう。民主党創設者の鳩山由紀夫と、後には、鳩山由紀夫氏に乞われて民主党と合併、民主党そのものに政治的条理在る民族の魂を吹き入れ、政権奪取を成し遂げた小澤一郎の両氏をして、目障りなる存在と敵視して排除を画策、今や、あの日本を駄目にした藤原一族の末裔の足許に跪いては恥じ入ることなく其の意向を汲み取っては演じ、鳩山、小澤両氏に対する完璧なる排除を目論み、国民に背を向けて平然とする菅直人、「菅/カン」と書くからには「スガ」とも読め、「スガ」とも読めれば「ソガ」の読みにも繋がるので、我ながら勝手に「菅」をして「蘇我」と理解し錯覚すらしたのだが左に非ず、菅直人の菅はソガには全く繋がっておらず、即ち、藤原鎌足に因って本宗家諸とも虐殺の憂き目に遭ったあの蘇我一族には全く繋がらず、百済国の元王子鎌足の子不比等に因って、日本民族そのものが奴隷下に置かれる其れ以降の不条理史を作った、所謂、「間者のカンや、姦者のカン」を想起させる人名、自称、長州出自を誇る菅直人でもあるが、私刑機関で在る検察審査会に因って不条理にも強制起訴に付されるであろう、所謂、小澤一郎氏に対する、検事役を担う事となる主任弁護士、大室俊三氏と同様に、其の名前には強くきな臭さを臭わせる人物では在るのである。

 合議制を以って決することを、逸早くヤマト朝廷に取り入れ様としたのが*蘇我王家と其の一族ではあったが、在ろう事か、亡国となった百済国のヤマト朝廷に根ざす渡来人どもに、御簾の掛かった皇極天皇の御前で首を刎ねられ、蘇我王家の唱導せし合議制政治に拠る律令制度の導入は忽ちにして頓挫、日本国をして、独裁に生きた百済国の再現を為さしめるあの藤原一族率いる日本国へと、今に至る政治体制の拠り所を替えていくのである。
 *蘇我一族は、藤原一族同様に百済系出自にあるとも言われているが、恐らくは、大伽耶国、若しくは、駕洛国朝鮮半島南部/現韓国)の一族では在ったと推察出来る。

 藤原一族の末裔で、長州に放逐されていた七公卿の一人岩倉具視が、主導せし革命(徳川幕府の転覆)で明治政府を打ち立て、其の七十数年後、太平洋戦争で敗れし軍事政権を糾合したのも藤原一族の末裔近衛文麿、一時は其の名を舞台裏に潜めながらも、それでも尚旧百済系皇族は国家権力を掌握し続け、長州の岸信介佐藤栄作兄弟を擁しては国家政権を表舞台から操り、終には、藤原一族の末裔麻生太郎を推して、正々堂々と権力の表舞台に這い出た不条理一族、麻生太郎は僅か一年で潰えたものの、今や其の一族に因る表舞台への復活は、菅直人を以って、否定し得ぬ程の明瞭さには在るもの、まさしく、物部氏職掌でもあった”神道”を乗っ取っては牛耳り、蘇我氏の王家をも乗っ取った藤原鎌足不比等父子、斯かる一族から繋がる、所謂、千四百年にも亘る不条理史は、今にしてもなお其の継続下に在る事を、我ら道々の民に明々白々に知らしめているのである。

 何を以ってしてかは云う迄もなく、先の大戦に於ける国家敗戦までは、我ら道々の民の長に在らせられる「天皇家」をして巧妙に絡み付き続け、敗戦後に在っては米国と取り引き、「天皇家」と道々の民の間に障壁を厚く設け、在ろうことか、アメリカ合衆国を不条理に率いる、あのシオニストユダヤ系大財閥資本家群をして宗主と看做す事に合意、国家権力を差配する藤原一族末裔の頭脳基盤として宮内庁を其の司令塔に置き、表向きには「天皇家」を、実体的には「シオニストユダヤ系大財閥資本家群」をして、絡み付く大木の主を変えているのである。

 千四百年を経て漸く、民間出自の小澤一郎/鳩山由紀夫両氏率いる民主党が先の衆院選で政権奪取を成し遂げ、”国家行財政の大改革”を以って、あの日本を駄目にした藤原一族の末裔を呪われし選良民一族の場から、所謂、内外交の国政を取り仕切る須らくの権力組織の場から引き剥がして排除、道々の民の一般市民として置き、同時に、我ら道々の民に、在るべき御姿の「天皇家」を御迎えし得るのではないかと欣喜雀躍した中で起きたのが、鳩山政権の退陣に因る菅直人政権の誕生であった訳だが、斯かる民主党政権を選びし道々の民の多くも民主党員同様に、上記政権交代の実態も、また、中身も、明確には把握し切れていなかったと云うのが真相であろう。即ち、菅直人政権とは、本質的には麻生太郎政権の押し進め様とした、所謂、第三帝国官僚政府に拠る国家運営方式を其の侭に引き継ぎ、且つ、体現する政権でしかなかった事になるのだが、国民そのものが些かも気付かなかったと云う事ではあるのだろう。基より、今も尚、其れに気付かぬ道々の民は数知れず、80%にも及んでいるのではないかとも言われて居るが如く、衆参両院に席を持つ民主党員もまた、其の過半を超しているのではないかとの、悲惨な状況下にも置かれているのである。

 永年に亘って、「天皇家」を口にする事は厳に憚られ、其れこそが道々の民にとってタブー視されてもきた事だが、祭事を以って道々の民を良質に率い、政事を以って道々の民の安寧と静謐、並びに、繁栄を図る事は、首長として持つ其れは古からの責務であり、道々の民に拠る途切れる事なき、且つ、異論を差し挟む事のない、与信に依り構成されるもの、人間が集まり、組織を以って社会を作り上げ、強きも弱きもともに等しく生きて行く為に欠くべからざるものが何かと云えば、紛う事無く其れは良質性の中に生きる条理在る指導者、よしんば、個人で生きられれば兎も角、集合体でしか生存し得ない人間社会にも在れば当然に、公正公平の下、強きも弱きも等しく生きて行ける指導を果敢に為し、且つ、指針を示すのが、組織社会に於ける指導者の責務とすべきもの、勿論、日本国家社会に於ける「天皇家」は、日本列島を条理に唱導する指導者の御存在として古の昔から在らせられ、我ら道々の民のご先祖様からも認識され、今に引き継がれてもいるのである。

 アジアや欧州でも、今では数える程しか皇族や王族体制を遺していない世界の現状にはあるが、「天皇家」の御存在は日本民族にとっては組織社会を良質化に置く上でも、また、良質性を追い求める上でも不可分のもの、ものとは、「神」であり「鬼」でもあれば、指導者でもあり唱道者でもある御存在、敗戦後に於いて、マッカーサーに因って「現人神」の観念こそ取り払われたが、元々が、あの日本を駄目にした藤原一族の末裔が、国家権力掌握の為に撒き散らしし、道々の民に対する其れは観念の植え付けでしか無きもの、日本民族が其の社会的本質に於いて備わる「天皇家」の存在とは全く異なるのである。

 「天皇論」に付いては、また、何れの日にかに記することとしたい。

 天皇陛下の御臨席を賜り、且つ、御監視の下、2011年に入って初の通常国会が始まり、本日から衆参両院に於ける代表質問、或いは、各予算委員会へと移っていく立法府の議会工程には在るが、基本的社会正義の顕現が何一つとして為し得ず、また、国家国民に背を向けては藤原一族の差配する第三帝国官僚政府に、行政職須らくの丸投げを為し、既に、国民には実質的増税を課した上に、更なる増税を目論み、民主党の公約となる平成の大改革、即ち、行財政の大改革を示す御旗を完全に取り下げて破棄した菅直人と其の一派、此の侭に進めば議会は波乱を呼び、混乱に陥る事で立ち往生するのは必至、国会終了を俟たずして、即ち、予算委員会に於ける法案審議と議決を待たずして立ち枯れし、菅直人内閣は総辞職するか、はたまた、国民の信を問うとの事由を以って、衆院を解散へと追い遣られるのは必定の情勢ともなって来ている。

 基より、菅直人一派が現に担う行政府は、不条理を繰り広げる上記事由を以ってすれば、とうてい認められる代物ではないが、衆院解散に因る選挙費用、即ち、八百億円にも喃々とする国税支出をも伴えば考えもの、況してや、80%にも上る我ら道々の民が、藤原一族の差配に因る不条理の洗脳と教唆に侵された侭にもあれば、選挙を実施したにせよ、自民党支持に戻るか共産党支持へと回るだけ、鳩山/小澤体制をして我ら道々の民を動かし、行財政の大改革に拠る政権委託を為さしめた初期目的は完璧に潰えるもの、況してや、現況に於ける総選挙ともなれば、菅直人の落選は当然の事としても、小澤一郎/鳩山由紀夫両氏の下に集まりし条理在る議員達の落選もまた必定、左すれば、民主党に於ける条理在る議員達の今為すべき事は唯一つ、小澤一郎氏に加えられている不条理を取り払って名誉を回復、不条理下に洗脳されし80%もの道々の民を条理に覚醒させる事、此れ以外に、議員は基より道々の民もまた生き残る術無し、政道に声を上げ、道々の民の条理覚醒に向かうしかないのである。