日本の歴史は日本人が創る

ヤマト民族日本人に“我れ蘇り”を希う

☆他力本願の事大主義政権を後押しするメディア

 画像に頻繁に登場する菅直人の表情を見ていると、挙動不審の落ち着き無き眼の様子が窺い知れ、薄気味悪さを感じざるを得ない状況下にもある。菅直人が如何に国家行政職の最高位に就き、また、年を取る事でふてぶてしさを増したからとは云え、五、六年前のものとは明らかに異なって翳りが見られ、即ち、安定を欠いた尋常には無い心的状況に陥っている事を知らしめて呉れている。斯かる眼の動きは、催眠術に掛けられた者に表われる虚ろな表情や状態によく似ており、或いは、疾しさ溢れる心理状態から抜け出せずに足掻き、落ち着かず、警戒感充ち溢れる所から来る其れは眼の動きとも云えるもの、何れにせよ尋常な精神状態には無き事を知らしめているもので、日本国家国民にとって、不幸この上無い時間の流れではある。

 あれほど執拗に、而も、大震災後もそう読めるのだが、菅直人個人を支持し続けては熱いエールと拍手を送り、あまつさえ、理由無き理由を以って無期限の党員資格を奪われた小澤一郎氏が、少しでも動けば忽ちにして有る事ない事を記事にし、あの日本を駄目にした藤原一族の末裔が差配する司法宮が欣喜雀躍するほどに扱き下ろしては、腐し続けを繰り広げているかわら版屋のサブリーダー、星浩を一とする、件の朝日新聞社編集員達、斯かる菅直人に対する彼等のエールと拍手、並びに、異常な迄の”小澤一郎叩き”の大合唱は、昨日今日は何故か、商売道具の新聞やTVを賑わせずに沙汰やみ状態に措いている現状にもある。実に不思議な沈黙現象ではある。

 朝日新聞社星浩は、あれほど熱っぽく菅直人の支持と続投を説き、読売に次ぐ五百万部紙面に掲載し続け、東日本大震災からの復興と国家社会そのものの再生に当たっては彼菅直人の力は欠かせずとまで断定し、行財政改革など最早どうでも良いから、兎にも角にも、大増税路線に向かって突っ走って呉れればそれで十分、と熱く語り掛けているかにも見え、また、彼星浩を支えてきた同僚編集員達の筆圧や論評傾向、やはり、彼等も一小市民の我ら道々の民と同様に、不条理の洗脳にどぶ漬けになっているだけの、自称、社会正義を顕現して已まない言論界を担うと自任する知識階層でもあれば、現状の”沙汰やみ”に勝る不条理は何処にも無く、いつか来た悪夢の道への送り込みを策した共同正犯の再台頭すら懸念せざるを得ないのである。何故かを知る必要など更々に無いが、菅直人に対しあれほど熱きエールを送っていた朝日新聞も今や模様見の停止状態は否定し得ず、左すれば、卑猥と云えば卑猥で、日和見と言えば日和見、社会の木鐸を任ずる彼等知識者集団では在っても、社会正義を顕現し得る言論の志士は少ない事を教えて呉れてもいる。

 国家社会の在り様を、或いは、自主自決を推して歩むべき方向性を、前政権を担った事大主義政党の自民党とは全く異なる、百八十度の方向転換を以って明確に独立自尊政策を打ち出し、国政の執行全般を我ら道々の民から頼むとして負託された源流民主党、だが辞めなくとも済んだ鳩山由紀夫内閣総辞職から現在に至るしっちゃかめっちゃかのケチが付き始めたもの、菅直人への政権引継ぎを以って完璧に源流民主党は思考停止状態となり、謂わば、停電状態に陥り、菅直人が借り受けた自民党の光源を以って国家行政を須らく執り仕切ると云う、本来在ってはならない過ち、即ち、官僚政府主導から成る政治行政への舞い戻りを、然も、当たり前の様に平然として犯し続けているのである。

 辺野古崎への普天間基地移設問題で総辞職を余儀なくされた格好の鳩山由紀夫前首相だが、沖縄県民の為、即ち、総じての日本民族の為に打ち出した国家基本政策が「日本領土(沖縄県)からの米国軍隊の撤去」に在り、就中、沖縄県から開始する辺野古崎移転の停止であり米国への撤退要求の開始、即ち、故岸信介佐藤栄作兄弟が、虚偽の謀を以って日本国家国民を米国の隷属国とし、沖縄県民を含む我ら道々の民をして隷属の民と位置付けて終った、所謂、米国下の傀儡子政策からの脱却を彼鳩山由紀夫前首相以下の源流民主党政権は目指したのである。

 此の何処が悪いと云うのか。異国軍を沖縄県を一とする日本国土全体に、原発点在箇所の如くに環状に常駐させ、其れも、今では百ヵ所にも及ぶ基地を、年間何千億円もの大枚を付けては米国に提供、我が国防を担うべき虎の子の自衛隊までが憲法上非嫡子の侭に措かれる中で、米軍の手足として飼い馴らされる態様等々は異常そのもの、自国をして自国の能力の範囲内で守ろうとした、小澤一郎/鳩山由紀夫両氏率いる源流民主党政権の何処が間違っていたと云うのか、菅直人も去る事ながら、朝日新聞の編集部は答えなければならない。

 小澤一郎/鳩山由紀夫両氏が唱導した自主自決、並びに、独立自尊の顕現は、菅直人の手で意とも簡単に押し潰され、在ろう事か、他力本願の事大主義に傾倒する旧自民党政権態様へと密かに移動、其ればかりか、あの日本を駄目にした藤原一族の末裔が差配する第三帝国官僚政府の足許に跪き、権力玉座に恋々として縋り付く菅直人の挙動不審の眼は憐れそのもの、国家行財政大改革まで棚上げし、反故にして終った菅直人の何処に魅せられるのかを、また、何故に、我ら道々の民もまた、他力本願の事大主義為政に従わねばならないのかを、朝日新聞社編集員達は解説して見せなければならない。

 何時からとは言わぬが、ボタンの掛け違えの侭に歩み続けた日本国家社会、其れを正そうとした小澤一郎と鳩山由紀夫両氏、唯一正論を吐き続ける筆者が多いと信じて疑わなかった朝日新聞社までが此の体たらく、自主自決、独立自尊の道のりは極めて遠く、且つ、深刻である。