日本の歴史は日本人が創る

ヤマト民族日本人に“我れ蘇り”を希う

☆小澤一郎の復活なくして日本の再生無し

 日本民族を無気力にし、而も、完璧に奴隷化した後に一億人を浄化、斯かる遠大なる目的の一環として下した、安倍晋三先生に対する解散総選挙の指示が元で、久方振りにTV映像で見させて貰った生活の党々首小澤一郎の顔、以前には厳しく見えてもいた彼の顔、即ち、相手が権力者であれば誰にでも刃向っている様にも見えた、所謂、常に政治的臨戦状態にも在った表情から、其の刺々しさが消えて無くなり、幾分穏和な、好々爺然として終ったかにも見えるのだが、映し出された僅かな当該映像から垣間見える眼光には、未だ鋭さ消え遣らずの威光だけは宿してもいる様である。基より、まだ御年72歳、老け入る齢で無い事だけは確かな様だ。

 あの日本を駄目にした藤原一族の末裔が差配していた、当時の政権(麻生太郎現財務金融担当大臣)と其の政権差配下に措かれ、指示された通りのバリアーを布いた官憲に因り、悉くに自由権を奪われ、あまつさえ、ブレイン軍団をも塀の内の鉄格子の中に閉じ込められ、遂には、政治活動そのものを悉くに阻害されて果たせずと云う、不本意一辺倒に追い遣られた小澤一郎氏の此の五年間、いやっ、己が抱く国家理念の実現に向けて精力的に働きながら、其処に見えたものはと云えば、日本国家社会を条理に率いる真の政治的リーダーと成り得る人物は、両院に於ける過去二十年間に限っても、僅か十数名しか輩出せずに至る、と結論付けたかにも見える小澤一郎氏、今次の解散総選挙で見せた「生活の党」自体の選挙対応/姿勢に関し、党首として示した結論はと言えば、去る者追わず/来る者拒まずの選挙対応に措いたもので、自身が、澱みによどんだ自民党に見切りを付けて飛び出し、政治活動のベクトルこそ異なるが、意思、乃至、理念の顕わしの点に於いて選択せしものは、当時の状況と似通うもの、新党を立ち上げた二十数年前の厳しい状況へと、己が思考を再びにして措き、開示して見せ様とするのである。

 二十数年前をピークに、政治的権力闘争の抱える質が徐々に変化、同じ外向きにでは有っても、三権の中でも、下手まごすれば自由権をも差配し兼ねず、国家社会に在っては、危惧の発生に於いて、其の蓋然性が最も高く、且つ、最も疑念の抱かれ易い、司法権との対立が厳しさを増し、且つ、表面化、此の五年間は作為不作為の両手法を以って表わされる自由権の剥ぎ取りと、身内に対する、冤罪/でっち上げ事件取り下げ要求の最高裁に於ける否認に因る刑の確定、また、総じてのメディア界に因る、「誣告」を以ってする看板の取り下げすら、拒否された侭に措かれ続けると云う、言わば、作為的不運に貶められた侭の小澤一郎氏、恐らくは、今次の衆院選、乃至は、一つ先の衆院選を以って、国家国民に対する最後の御奉公と決めたのであろう、政治活動をして純粋に為し得る者のみを「生活の党」に残し、候補者として立つ事を認めた党首小澤一郎、悲愴にも見えるが、実に晴れやかである。

 今に至るまで、自公両党とは根源的に異なる、即ち、政治経済的対米隷属を是とする被占領国姿勢を拒否し続け、基より、二十数年前には、其れが本で自民党を出たのだが、何れにせよ、シオニストユダヤ系大財閥資本家群のエージェントになる事すら良しとせず、自主自決、独立自尊の理念を貫き通して来たのが彼小澤一郎、基より、自身の活動領域に集まる政治家、若しくは、政治家志望の若者達に対しても、夫々が極め様とする政治理念や条理に関しては、妥協は一切許さずとする教えの姿勢そのものは未だに不変、民主党をして実体的に牽引せし在りし日に於いては、衆院選での過半を制したどころか、三百有余の議席数をも手にし、自民党から政権を、再びにして、奪還した事も在る彼、直近に於いては僅か五年前の話なのだが、上記に見られる拒否や理念の変更を大勢が望む侭に受容していれば、とうの昔に、内閣総理大臣の椅子にさえ座っていたであろう小澤一郎、勿論、あの日本を駄目にした、藤原本宗家一族の末裔を自負する元首相の、麻生太郎現副総理ですら、小澤一郎の足下に置かれていたで在ろう事は窺い知れる所ではある。

 だが、増々深化する対米属国化を隠し通す社会の流れを決して潔しとせず、国家社会理念に日本民族として在るべき純粋さを貫き通した小澤一郎、とは言え、彼を待ち受けていたものはと言えば、理念も条理の求めも高貴に過ぎてでは有ろうが、純粋さを多く孕む氏の政治活動が指し示す姿勢と其の先には、何一つとしてうま味無しと判断されたのであろう、活動領域に集まりし議員達は我慢し切れずに、小澤一郎が最も忌み嫌った件の、”欲に走る”政治屋への道を選択、遂には大勢を占めた彼等(菅直人岡田克也を一とする一群)は、敵対勢力が謀りし冤罪/でっち上げ事件を其の侭に流用され、民主党からの離脱を余儀なくされ、仕向けられたのである。

 世間は、即ち、マスメディアは、彼小澤一郎をして、壊し屋であるとか解体屋であるとかの名称を付し、芳しからずの印象を与えて貶め様とするが、中らずのもの、自主自決、独立自尊に向けて、小澤一郎は、日本国を条理在る国家へと創ろうとして来た事を忘れてはならずのもの、況してや、シオニストユダヤ系大財閥資本家群が実質差配する米国経済界から、平然として袖の下を貰い、或いは、自国経済界に対しても袖の下を要求、まともな外交交渉一つだにせずに己の懐のみを肥やし、欲に耽っては政治権力を不当にも行使、国家社会を顧みる事のまったく無かった、現在は、米国が提供する政治的ブレインを抱える安倍晋三が率いる”自民党”を、其れこそ二度にも亘って、国家権力の座から引き摺り下ろしたのが彼、生活の党を率いる小澤一郎では在った事を、マスメディアは隠したがるが、我等、天皇陛下皇后陛下の本に生き、日本国家社会に理性在る条理を求め、倹しくも清楚に生き、強欲を拒否して生命を貴び、教育を重視する日本民族を自負する者だけは、努々、小澤一郎が成した当該事績を忘れてはならないのである。

 安倍晋三は、”アベノミクス解散”と称して今次の衆院総選挙を命名、消費税の改定では一部先送りしながら、其れでも尚、消費税改定に伴う付帯条項を撤廃して一年半後には完全に実施すると宣言、矛盾すら呑み込もうとしているのだが、其れでも尚、過去二年の成果を強調、所謂、デフレ脱却の為の円安誘導の実現と成果を掘り起しているとし、若者の雇用を含む全体雇用の改善を達成、給与所得者の賃上げ実現等々がともに成果を収めており、此れからは、アベノミクスの第三の矢となる、女性の社会進出を含む、利を生みだす経済産業の創造的拡大が進み、何れかの近い日には果実を付ける時期には至るもの、私(安倍晋三)と自民/公明の勝利を前提として成し得るものである、と臆する事無く言って退ける安倍晋三ではある。

 基より、表層的にはだが、また、仕掛かり途上とは言え、紛う事無く政治経済的成果は挙げたと言って良い安倍晋三第二次政権である事は確かで、腰を軽くし、内政外交ともに実践的に打ち興じる点に関しては、戦後に在っては今迄に見た事も無い、長く軽く、其れで居て弾性値にも優れる、軽快なるフットワークを見せ付ける点は、如何に優れたブレインを抱えていようとも、基がヤワで在れば成し得る術すら無いのは確実で、ブレイン群に因る須らくの知恵は無に帰するだけ、勿論、前自民党総裁である谷垣禎一現幹事長や、石破茂現特命大臣の何れかが首相の座に就いても同じ事が出来た可能性は高く、基より、対中、乃至、対韓外交に於いては、現職安倍晋三より早めに、両国との間に和解を推し進めていた可能性も在れば、当該両氏の差配も見てみたかったが、内政外交に関わる安倍晋三の軽快なるフットワークと息せき切らずの精力的活動、或いは、社会主義者をも彷彿とさせる、資本家群に対する賃金改定の申し入れや、雇用の創出、産業創造等々の求めを一、日銀に対する行政権の干渉すれすれの紙幣増刷を伴う国債の買い入れ要請等、矢継ぎ早に射ち出す諸政策が、彼等、即ち、シオニストユダヤ系大財閥資本家群との間に直接的繋がりが見られない谷垣禎一石破茂両氏に、現職安倍晋三と同様の政治的フットワークが示せるかどうかは疑問、左すれば、存在感が全く薄れ、雲散霧消し砕け散った野党陣営を尻目に、自民公明両党、並びに組織票を持つ共産党の三党で、国会議席を占めるであろう事が歴然となるもの、自公両党での過半どころか、議席数九割にも手の届く数字さえ現実味を帯びるもの、自公両党に”ノー”とは言えない道々の民となって終った現状を憂いるばかりである。

 小澤一郎の復活を見ずして日本国家社会の再生無し、マスメディアの懺悔無くして国民の条理覚醒も無し、唯々、隷属の命運と浄化が、日本民族である我等道々の民には待ち構えているだけである。