日本の歴史は日本人が創る

ヤマト民族日本人に“我れ蘇り”を希う

☆他の権力者群は現状認識を更に深めるべきである。

 棺桶一歩手前に踏み込もうとする年代に至ってはいても、八月と云う時節の到来は必ずや在りし日の不条理なる光景を呼び覚ましては呉れるもの、また、新たなる証拠(映像記録等の開示)や新証言の明示に因る追加で、尚一層の史的実相をして理解すべくに覚醒させては呉れるもの、基より、其の不条理性に在る事を尚一層の事明らかにしたり、更なる真実の実体に迫るべく正義心を突き動かして呉れたり、怒りを通り越しては、己の無力さに辟易さを感じ取るのは此処数年来特に目立つ所、勿論、事実として叫ばれ続け乍ら、史実とされては来なかった件の、有色人種日本民族をして大量殺戮の標的と定めた、所謂、実践的人体実験として推し進め、一般市民の頭上に向けて放たれた二種類(ウラン型核爆弾とプルトニウム型核爆弾)の「原爆投下」は、シオニストユダヤアメリカ合衆国大統領、H.トルーマンに因る最終的投下決断指示の下、有色人種、就中、出っ歯でガニ股、背も低くて醜く、黒縁の丸い眼鏡をかけては首にカメラを下げ、NY摩天楼ビルの天辺を仰ぎ見るのに大口を開けて見ると云う、揃いもそろって均一にする不細工な黄色人種日本民族、斯くも醜い此れ等の日本民族をして、二種類の核爆弾を試しては為す大量殺戮と環境破壊に至るデーター作りの為の実践は、神に対する冒涜行為にはならず、其れ所か、病原菌をして人間社会に撒き散らす、害虫たる蚊やゴキブリを駆除し、殺す様なもので喜ばれ、左すれば、神の逆鱗に触れる事も無かろうとの判断は成立、H.トルーマンは基より、核爆弾開発の最高責任者たるユダヤ系米国人、R.オッペンハイマー等にも理解され、広く共有されてはいたもの、基より、様々なる核爆弾を開発せし科学者の一部には、核爆弾の実践的利用と其の悪影響を想像して懸念、俄かに反対する機運も高まりつつあったとは言われているが、此れこそが、後世の米国史家に因って手繰り寄せられた、歴史的不条理に対する責任回避に因る、其れこそが、魔的判断の覆い隠しの如きもの、即ち、悪魔たる核爆弾の実験投下は、遍く、日本民族自身が招来させたもので在るとの断定を、唯々追加したかったからでは在るのだろう。

 核爆弾の炸裂に至る実験成果を収める時間が足りず、兵器転用に至る時間が足らずとの言い訳を付す事で、白色人種国家のドイツ帝国に対しては、決して用いる事も無かった核兵器爆弾の実践投下、幸いにして、米英露の三ヵ国は、ドイツ帝国に対しては作為すらして見せなかった原爆流用の大量殺戮戦略は、即ち、有色人種である日本帝国をして為す事を是とし、其の為にも、核兵器化が可能となる半年後の時期まで、戦争終結先延ばし誘導作戦を模索して成功させねばならずとし、併せて、国際条約すら静謐裡に締結していた、有効期限真っ只中に存した「日ソ中立条約」をして、1945年8月に入った後に破棄通告を為し、同時に、対日宣戦布告を為しては日本帝国領土内に攻め入っても呉れる様、ソビエト連邦スターリン政権に懇願し提案、諒解と確認すら受けた件の会議、所謂、1945年2月に於ける「ヤルタ会談」での「ヤルタ協定」を含めた合意締結が其れ、即ち、二種類の二日間に分けて実戦投下が無慈悲にも為された、広島と長崎両都市への、上空五百メートルで為された、閃光を伴う核爆弾の炸裂は、結果として、スターリン政権に因る対日不条理政策の遂行へと繋がるもの、斯くして、人体実験のモルモット看做しの標的に据えられ、核爆弾炸裂に因る諸効果のデータ、並びに、環境変化等の膨大なるデータをも取得され、其の為の核爆弾投下決断に至るのだが、炭化せし即死者、両都市併せて十万人を超え、半年間に亘って増やした其の死者数は、広島県長崎県を併せた双方で23万人とされ、負傷者数は40万人以上にも上ると言われてはいる。

 戦後七十年近くになり始めてから漸く、其れもボツボツと、核爆弾の実践投下にまで至る、所謂、第二次世界大戦の核心部分を突く当時の米国権力者群の心模様が、現代に住まう日本民族(国家)にも、間接的にでは在るが知らされる様にはなるもの、基より、其れ以前に於いては、日米両国の史家であるとか、政治経済学者で在る等の、言わば、専門家と言われる人々に因って戦争惹起の因その解明が試みられたり、或いは、結果とする断定が試みられたりする中で論じられても来たのだが、明確なる形での理解は中々にして得られずのもの、されど、其れ等の結論部分に繋がる連結部位が、此処数年に於いて彼の国からも数多にもたらされ、見えて来てすら居れば、信憑性が薄く、且つ、事実かどうかすら少なかった多くの事案も、しっくりと来て黒白明確に色分けが適い、逆に、確かであるとさえ信じて来た事も、まさかの奈落への転落すら少なからずに在ったのもまた事実、斯かる72年に及ぶ僅かな期間に於いてすら、斯くの如く、黒白の反転にさえ動く歴史ともなれば、”歴史は権力者が創る”なる俚諺も何処となく納得、左すれば、安倍晋三が傀儡子政治家として正々堂々と、第二幕目、第三幕目へと、或いは、第四幕目へと、慣例を押し破ってまで登場したのも、実体的権力者にとっては無理の無き判断、即ち、白羽の矢を立てられた「安倍晋三」には、継続に付すべき少なからずの理由が、在ったからでは在るのだろう。

 資質は有していたにせよ、非国民たる傀儡子権力者になどなりたくてなった訳でも無かろう安倍晋三、即ち、生れ育った環境がそうさせるには十分だったのだろうが、即ち、今は亡き実父である安倍晋太郎元外相や、昭和の妖怪(頭領)と迄渾名された母方の祖父故岸信介元首相や、岸信介元首相の弟で在り、シオニストユダヤ系大財閥資本家群が実質的に支配し差配せし米国に、(*)日本列島を譲り渡したばかりか、施政権の継続すら許容した故佐藤栄作等々の頽廃的思考、並びに、立ち居振る舞い等の目の前での見せ付けられから、紛う事無く受けたで在ろう政治的影響力は否定し難きもの、況してや、多感なる年頃に於ける、国家社会をして牽引する、(**)政治家からアウトロー群にまで至る、所謂、条理、不条理社会で活動(暗躍)する、政治的権力者群の蠢きの中で育った安倍晋三、剰つさえ、米国系政治指導者群の出入りも頻繁に見ていた中で、彼安倍晋三(等)は、青春時代真っ只中をして過ごしてもいれば、弥が上にも影響されるもので、されないと云う判断の方が難しい所、基より、朴訥では在るが実直にして人情家たる実父安倍晋太郎氏の、度々にする、自身の祖先が関わったとされる、所謂、古代東北王朝史に関わる、実践的歴史探求の為の調査や行脚、其の結果等々をも新たにする史実として耳目にすれば、長子である安倍晋三自身は、否が応でも、人格や人格を基にして行動を決する、動機付けの一つとして、心的基盤に組み込まれて当然とさえするもの、況してや、日本国家の真のリーダーに成る何ぞもまた、諸々の状況から推して無理とも考えていた節すら(未だに)見えれば、まさしく、言われるが侭に為し、動く事に、何等の違和感も怖いものも感じること無し、況してや、三権すら従わせ得るとの、政治的モチベーションを高める為の条件すら整っても来れば尚更の事、与えられるが侭のシナリオに基づくインストラクションを手にしては、淡々と下命を熟すだけ、余った時間は、ゴルフ三昧、温泉三昧、美味三昧に己を措き、己の威光を翳しては数十年来の知人達の為に、国有資産や財産等を散在しては与え、或いは、強姦罪と云う犯罪を犯した知人には、官憲に手を伸ばして逮捕を見送らせたばかりか、在ろう事か、無罪放免に捨て措き、準公的仕事まで与えると云う、法治主義国家を謳う、現下の日本社会で起きたとは到底信じ難い、”凶悪事件の揉み消し”をも遣って退けた「安倍晋三政権」、其れも此れも、自らの存在に関わる、所謂、日本民族との間に確かに存した、所謂、育った特種環境から学んだ、自分と云う存在をして日本民族を見下す、其れこそが、深い乖離ともなる認識が、執政期間の積み重ねで尚一層に強化されては対立、反日本民族感情として加増積み上げされていったが故のもの、シオニストユダヤ系大財閥資本家群を<主>として崇拝する米国から、敵は<北朝鮮国>にでは無く、本能寺<ロシア連邦>に在りと、既に、告げられているかは疑問を残す所、だが、此の侭彼に政権を続けさせれば、紛う事無く、<ロシア連邦>の平定と<民族浄化>を目的とする第三次世界大戦に、日本民族主体の日本国家は引き込まれるのではあろう。

(*)1945年8月6日には、広島市目掛けてウラン型核爆弾が、8月9日には長崎市目掛けて、プルトニウム型核爆弾が落とされ、基より作為的にだが、即ち、日本民族をして人間モルモットの実験材料として取り扱う事を決め、当該二種類の原子爆弾が完成して製造を見、日本民族を標的とした実験投下の出来る其の日まで、日本帝国に因る、「敗戦」に関わる停戦調停や申し入れは決して受けてはならないとする、所謂、米国の実体的支配者で在り差配者でもある、件の、シオニストユダヤ系大財閥資本家群の指図に因り、相対的に見ても、敗戦の行方は既に決してもいた日本帝国国家社会、極論を吐けば、米英ソの三首脳がヤルタで、45年2月に交わした戦後世界を律し様とする合意の時点では、ドイツ帝国並びに日本帝国が向かえる敗戦は略確定を見ていたもの、ドイツ帝国が白旗を掲げた五月以前に、日本帝国は三月に於いて白旗を掲げる時期に至った事は確かでは在ったのである。

(**)日本民族をして人体実験のモルモットとする核爆弾の投下は、少なくとも、故吉田茂翁以下の限られた少数の選民には、既に、知らされていたと云う歴史研究書も在る様だが、後に、当該吉田茂翁をして閨閥に抱える事になる、故岸信介や故佐藤栄作元首相に在っては、日本民族国家国民の為の政治家に在ったと云うよりは寧ろ、己を中心としたグループ集団の利をして優先させた、所謂、特異なる政治家群の現れと云う見方が出来るのである。紛う事無く、自らが管理し保管する財宝を維持せんが為、米国の為に働いて見せた故岸信介、また、米国の為に国土を解放、自由奔放に利用する事を現認、治外法権にすら米国人をして措いた故佐藤栄作、今、彼等にとって見れば甥っ子たる存在の安倍晋三が、彼等に似ずして学力が貧しき為に、傀儡子に根差す政治に憧れて執政権を揮ったにせよ、何等不思議は無いのである。

 此処まで明々白々にする不条理事案をして日本国家は、故岸信介から始まり現安倍晋三にまで至る、傀儡子為政者たる何人かの異邦人に執政権が奪われたばかりか、国有財産を自由奔放に詐取され続け、日本民族を自負して已まずの政党幹部、所謂、二階俊博細田博之を一とする、自民党最高幹部群の誰一人として押し止め得ず、其れ所か一緒に燥いでは馬鹿騒ぎの遣り放題に国家社会を措き続け、在ろう事か、不条理下に国家社会を牽引、其の結果がもたらすであろう不条理認識の一つすら出来ず、剰つさえ、異邦人権力者をして、逆に囃し立てて見せる様は異様であり異常、気が触れているとしか言い様の無い社会光景を醸し出しても居るのである。

 げに恐ろしきは、あと無き権力者の為す行為、ではあるのだろう。