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☆オバマ大統領は変わったのか

 国民多くの推挙を受けて、イラン国行政府の長に登場した新大統領のハッサン ロウハニ氏、前大統領アフマディネジャド氏とは政治性格を全く異にして好対照を成し、外交的にも、反ユダヤ/反覇権主義を掲げて国家条理と為し続けた、所謂、アフマディネジャド氏の執ったイスラエル国乃至米国との常態的対決姿勢は、ロウハニ氏の登場を以って鳴りを潜めたばかりか、原子力政策に関わる非軍事化を鮮明にし、斯かるイラン国に拠る、敢えて公言する、核兵器開発を良しとせぬ(新)国家政策に対する国際社会からの証明提示要求があれば、イラン国は何時でも当該証明の為の準備と提出の用意はあり、また、イラン国に因る核開発全般に対する国際社会からもたらされる疑念と、疑念晴らしの為の論議や検証の場も同様に求められるのであれば、疑念晴らしを含む問題解決に応ずる用意も整っているとし、イラン国大統領就任僅か三ヶ月足らずで、国際社会に対し、斯かるイラン国としての条理在る実態を吐露、周知せしめたばかりか、少なくとも八年間に亘り、或いは、実体的に見れば、三十四年間にも亘って、政治的に対峙し続けたアメリカ合衆国との間に、条理在る関係改善に向けた話し合いが待ち望まれると、ロウハニ新大統領をして米国のオバマ大統領に対して打電が為されたのである。

 イラン国大統領就任三ヶ月後、NYの国連総会で顔を合わせ、然るべき米イ首脳会談に向けて、双方が時間を割く合意の段取りを取っていたオバマ大統領ではあったが、首脳会談間際になって、米イ間の水面下で成立していた約束事は反故にされ、時期尚早とする米側の一言を以ってでは在るのだろう、当該約束事が白紙に戻された事は、少なからず、イスラエル国に因る横槍の射れが、米国オバマ政権側をして会談の自粛へと導いた結果とはなったのだろう。残念な事ではある。勿論、全方位強硬姿勢外交を展開するイスラエル国首相ネタニヤフ氏に拠る、米イ会談御破算前後に於ける表明、即ち、”イラン国を信用してはならない!”、”イラン国はイスラエル国を根絶やしにするまで戦うと云っている国である”なる繰り返しの発現に、其れは強く表われてもいるのである。

 一方でマスメディアは、国連に於ける時間を工面して迄の、三十四年間もの間閉ざされていた、米イ関係改善に向けた、イラン国側からの申し入れに因る米イ首脳会談への漕ぎ付けは、イラン側に因って急遽キャンセルされ、閉ざされたとする報道も為されていたが、表面的にはそう見えても、実体的には、イスラエル国に因る会談阻止工作が功を奏して、斯かる米イ会談が流産には至ったもの、基より、オバマ政権の下で、イスラエル国の安全保障や経済支援政策、乃至、軍事支援等の政策の為にのみ働く一群の、大統領補佐官や報道官等が、斯かる阻止工作を執り行なって御破算を招いたことは歴然としており、其れ以外の理由を挙げる等は、蓋し、無理にも近いのである。

 即ち、イラン国のロウハニ大統領は勿論の事、オバマ大統領の核廃絶を理想とする(ノーベル平和賞を受賞した)其の政治的信条から推し図れば、イラン国側の折れに因る米国への近付きを、和平求めに対する消極性を以って拒否したり、或いは、妨げては満足する様な、愚者の採る異常性など持ち合わせているものではなく、更に言えば、交渉への道をこそ望んでいた節が、首脳会談受け容れ時のオバマ大統領側には確かに見て取れてもいたのである。勿論、シオニストユダヤ系大財閥資本家群が今もなお指揮差配し続けるW.House、思い通りには決してならない事を重々承知しているオバマ大統領ではあるが、或いはまた、大統領自身の母親もユダヤ系民族の一人ではあるにせよ、選良民の一人では無かった事もオバマ大統領は重々にして熟知、自らを取り巻く様々な呪縛の中から、第二次世界大戦後の米国歴代大統領の多くに見られる、言わば、傀儡子たる被差配者の一人として、歴代大統領の様に列してもならないとの思いは、第二次政権を担うオバマ大統領の脳裏を掠め、ロウハニ氏側から提案された会談の受け容れを決断させたのではあろう

 オバマ大統領自身が、会談御破算に至らしめた張本人では無かった事に加え、ロウハニ氏側もまた好んで、其れも直前に会談をキャンセルするような、外交儀礼を完全に欠く不様な行動を採る理由も無かった事は、其れは、イラン国大統領選最中からも窺えるもので、即ち、ロウハニ氏側に由る米国を含む国際社会との、所謂、対話を基にした政治姿勢への転換表明すらしていた所からも見て取れ様と云うもので、基より、大統領就任早々からも、核兵器開発に対しては消極的姿勢をイラン国の政策として示したばかりか、米国を一とする欧米諸国との関係改善に向けての和平外交に、積極性を以って打って出るとの、度重なる公言として繰り返しに為されてもいれば、当然に理解は可能、ロウハニ氏側に因る会談のキャンセルでは無かった事も、一連の流れからは推し測れ様と言うものである。

 奇怪なることでは在るが、米イ首脳会談を直前になってキャンセルに至らしめた首謀者がオバマ大統領でもなく、また、ロウハニ大統領でもないとすれば、誰が当該首脳会談の好機をして御破算に至らしめたかと言う事にはなるが、少なくともオバマ大統領は、キャンセルとなった直後には、下手人を知り措いていたと云う事にはなり、其れも、ロウハニ大統領率いるイラン国に因る作為ではなく、オバマ大統領率いる米国政府側の水面下に於いて作為された、言わば、暗躍結果に因るものであるとの帰結に至るには、そうそう長い時間は要しなかった様にも見えるのである。何故ならば、首脳会談がキャンセルとなった僅か半日後には、オバマ大統領からロウハニ大統領に対する、電話を以って為す直接会話が為され、御破算になった会談は何れ復活する旨の言質の与えが為された旨、マスメディアを介して報道されたからではある。

 たかが非公式なる会談の一つ、御破算になった一事例を以って落胆するなど的外れであると言う勿れ、米イと云う国家を其々に背負って国益を計ろうとする大統領とは謂えども、双方ともに血も心も通う生身の人間、そうで在る以上、突発的違和感に襲われてさえ、感情の昂ぶりは一つとして無く抑止され、次なる行動もまた当該違和感に左右される事はなく、常に、冷徹に物事を判断し処理し続け得ると云う、稀有で鉄人なる不動の為政者ばかりには在らず、中には偶々にして虫の居所が悪く、相手に因る約束反故の儀礼逸失を以って全き悪意の浴びせと捉え、長期間修復する見込みの無い悪感情の堆積へと移動する事また無しとせず、況してや、国家間の互恵平等の条理に倣って然るべき本来の二国間関係にも戻らず、不幸にして、軍事力を翳してのいざこざを選択する国家同士となる事さえ、政治事象として少なくもなければ、一方的御破算とは言えども、相手国に対する当該御破算に至る事情説明や釈明等は、儀礼を失した中でも不可欠なる外交作法そのものの一つ、オバマ大統領は、ロウハニ大統領への礼を失した事に対する釈明を、熟考に因る直接の電話会談を以って、半日後には取り繕ったと云う事にはなるのである。即ち、礼を失したのはイラン国では無く、米国では在ったと云う証しにもなるのである。

 米国からすれば現下逃亡中のCIA職員一人に対する、アジアや欧州域を巻き込みながらも取り逃し、遂には、ロシア連邦への、人道的に為す政治的緊急避難を許し、また、シリア国に於ける欧米とイスラエル国に因る、反アサドとする政権打倒を掲げたテロリストの派遣では、シリア国が有する化学兵器廃棄への政治的道筋こそ付けたが、反アサドを標榜する当該テロリスト一群に因る、其れは毒ガスサリン兵器の使用で在ったことも判明し、更にさらに、米イ首脳会談を直前にしてキャンセル、和平会談成立に向けての話し合いを御破算にして終ったオバマ大統領から直々に、イラン国へ帰国途上のロウハニ大統領に対し、ホットラインを通じた電話会談が設定され、勿論、会話内容こそ分かる由も無いが、恐らくは、御破算の上塗りをする様な、退行的な会話とはならなかった筈、オバマ大統領に因る、イラン国の核兵器開発の断念や、若しくは、核兵器開発の廃止に向けた問題等を中心議題とした対話や場所の設定が為されるのであれば、所謂、米イ両国が話し合いを進めるその期間に在っては、米国として為し得る事は、イスラエル国に因る緊急避難を口実とした対イラン国直接爆撃の見送りであり、若しくは阻止、と云うアメリカ合衆国に由る”お墨付き”の保証もまた与えられた事にもなるのである。

 其れ程に、オバマ大統領に因る、ホットラインでの米イ首脳同士の話し合いは価値が高く、且つ、国際社会にとっても重要であった事をも意味するのだが、上記、間髪を入れずに連続して起きたアメリカ合衆国の、外交的三事象(強硬姿勢を棚上げした)をつぶさに見ていくと、第二次オバマ政権では何かが変わり始めていると見て取れぬ事もなく、基より、オバマ大統領の政治力にも影が差して来たと見えぬ事も無いが、換言すれば、シオニストユダヤ系大財閥資本家群の傀儡子として演じ続けて来た一連の出来事、即ち、元CIA職員スノーデン問題に付いては、不倫問題で辞職した前任に代わる新長官、ブレナン氏のイニシアティブ発揮で動かされ、また、攻撃を前提としていたシリア問題に関しては、ケリー国務長官に因るオバマ大統領の頭越しに成るイニシアティブ発揮に、更に、今般の米イ首脳会談のドタキャンは、オバマ政権配下大統領府の一員に因る、強硬派イスラエル国を念頭に置いた勝手気儘な仕業であった等々、オバマ大統領の政治信条とする”柔と和”を基盤とした政治への思い入れは悉くに打ち破られ、冷水どころか熱水を浴びせ掛けられたにも等しい配下達の振る舞いとも感じ取り、脳裏に映った事が、大統領就任五年目にして初めて自らの政治条理を衝き動かし、傀儡子的立場に見切りを付け新たに走り始めたオバマ大統領で在る、と解釈変更為し得ない事もないのである。

 あの、パキスタン国に匿われていたとされる、米国外交政策実現の立役者であったウサマ.ビン.ラーディンを、急襲しては殺した(歴史上)とされる件に関して、記者会見時のオバマ大統領の表情と、最も新しい、負の政治問題に関わる彼の表情とを比較すれば、大いに異なっている事が見て取れるのである。

 勿論、今、米国議会で問題となっている国民皆健康保険制度導入に付いての、実施か延期かの山場にも差し掛かっているが、此れまた、シオニストユダヤ系大財閥資本家群傘下に在る金融(保険業)界との摩擦真っ只中に在るもの、棚上げされた時点でのオバマ大統領の表情と言動は、今後の外交問題全般にも影響しない訳が無いと見て良いのだろう。