日本の歴史は日本人が創る

ヤマト民族日本人に“我れ蘇り”を希う

☆ロシア民族の総じての条理覚醒、其の見放しは時期尚早とする。

 2016年1月7日より始まった今年の、腹立ち紛れの呟きや嘆きの羅列、即ち、「新年、孫娘神にも拝礼/日本の歴史は日本人が創る」から始まった殴り書きは、早くも、本稿を以って2016年度の終了稿ともなるが、アッと言う間に過ぎ去った観無きにしも非ずの此の一年、奇しくも、プーチン大統領の歩んだ、対日関係では何も生み出さなかった”16年(目)”、と云う事にはなるのだろう。今年の、孫娘神に対する呟きに始まって、プーチン大統領率いるロシア連邦国家国民に対する、一転、此処に来ての希望を捨て去るを得ないかの如き、言わば、恨み辛みを以って為す苦言の呈しに終わろうとは予想だにしなかった事、基より、唯一の孫娘神の稿に関しては、幼稚園入園準備の為に彼等は忙しく、また、習い事も目前にしているので、孫との無責任に措く甘やかしを以って為す接触は、”孫の為にならず”との、一方的にする詰りを受けては、孫娘神との同居を以って悦に入る敵方の”ばば、じじ”の策謀たる、とびっきり上等にする理由書まで持ち込まれ、且つ、突き付けられては、氏素性も芳しくは無いこちとらにとっても、怒り心頭に発するのは已む無しとする所と云うもので、国交断絶ならぬ、面会途絶に措く処置に晒されては、我慢も限界に達し様と云うもの、こちとら方言の訛こそ抜け切れずにもある中で、僅かにする幼き時代の時間しか記憶にも無いが、其処は短腹なる会津っ子!の一人、遂には、”てやんでぇ〜べらぼーめぇ〜”との、(本籍地でも在る神田の江戸っ子よろしく)啖呵を切る事こそ無かったが、”然らば、、、一年と言わず、二年、いやっ、ずっと(孫娘神をして)連れて来なくても良かろう!”との、勘当の付与並みの最後通牒を突き付け、逃げ場無き愚息たる我が息子と其の相方の嫁をして、敵方陣営に追い帰しもしたのだが、爾来、略一年にもなろうとする十ヶ月間を通して、孫娘神の顔を拝んだのは、僅かに三度(来ずとも良い小生の誕生日と、他の祝い事、並びに、七五三詣での奉告祭)に終っただけ、基より、あちら側からすれば、会わせて遣ったぐらいの軽い気持ちではあったろう、基より、唯一救われた事はと言えば、七五三の奉告祭に於いて、孫娘神の手を引いても、クソ爺の皺だらけの手を以ってしても、嫌がられなかった孫娘神が其処には居た事、即ち、こちとらのジジ、ババにもまた、孫娘神に拠る手の差し伸べがあった事に感動もし、安堵もまた見られた事は言う迄も無い。

 同様に、三十年来、もう少し厳密に言えば、ミレニアム期直前の二千年に入って、間違いなしに何かを変えると信じ、期待もし、確信すら抱いても来た、所謂、賢人政治家プーチン大統領の登場に拠る、ロシア連邦国家国民の、其れこそが変化で在り条理の底上げ、その結果としてもたらされるであろう日本国家国民との間に於ける、北方四島の無条件一括返還の合意、並びに、日ロ和平条約の締結と云う、日ロ外交史には確たる居場所も無い歴史的二国間関係が、二十一世紀には、恐らく改善されては見て取れるに違いないと信じて已まなかったが、五年が経ち、十年が過ぎ、十五年が過ぎ様とも、中々にして現れず、理性在る条理の申し出でが、ロシア連邦国家国民の中からは一言として出ず終いに終わり、更なる時の経過と云う二年目をも上乗せし様としている2016年の末に於いてすら、ロシア連邦国家国民からは微塵たりとも出ず終い、即ち、北方四島をして日本国に無条件一括返還して良しとし、ロ日平和条約を結び、ロシア連邦の安全保障政策に資するべくの選択肢を、今こそが決するべきではあるとの、国家社会正義の顕現すら成し得るスラヴ系民族を中核とするロシア民族とは見てもいたが、16年間に亘って待てど暮せど思念こそしてみたものの、理性在る条理の声は何一つとして聴かれず終い、仏の顔も三度まで、いい加減にしておけ!、と詰りたし、とした所では在る。実に似通った、敵方が示した反動態様、論理的にも不条理なる押し付けともなるのだろう。

 理性在る条理を以って為す選択と決断は、如何なる民族で在ろうと、勿論、単純無垢にする、スラヴ民族を中核とするロシア民族では在ろうとも、選択可能としている状況下に在るにも拘らず、自力で為すべき選択肢そのものが、一つとして編めずに在るが故に、反動を以ってさえ良しとするロシア連邦国家国民の現況、在ろう事か、次期合衆国大統領となる確率高きD.トランプ率いる米国をして、恐るおそるにせよ、外交政策を以って為す対ロ反転姿勢に期待を賭け、現職大統領ウラジミール プーチンが思念し続けて已まない、所謂、米ロ友好政策の、米国側からの手延べと其の採用に格段なる期待を賭けている現状には在るらしいが、或いはまた、安全保障政策の同盟国たる真の姿が、ボヤッと霞んでいてハッキリとは見えぬ漢民族中国との間にも、其の重きを置き続けて良しとする、言うならば、対米安保政策に一縷の望みを措くだけでは無く、無定見にする信頼を、中国を含めた両国に与え続けては護持し得ると判断するのかは、何れ遠くない日に判明する事にもなるのだろうが、何れに転んでも、ロシア連邦国家国民に待ち受けるであろう、不条理を以って為す係争場面だけは、残念乍ら避け得ずには在るもの、況してや、賢明にして健常にするウラジミール プーチン大統領では在ろうとも、ロシア国民の平均寿命(男66歳)を以って推し計れば、彼は、齢すでに64歳を越し、余すところ、二年を残すのみと云う現実下に措かれているもので、次の大統領選でもある2018年に在って、首尾よく再選が成り、現在と合算しての任期八年を全うし、権力を保持し得ても、今度は思考力や判断力が正常に機能しては稼働もし、且つ、国家安全保障政策もまた円滑裡に推移するかが問われる所、流石に、条理の底上げが思う様に進まず、且つ、見られぬ、自国のロシア民族をして、最大、直接間接の24年間をともに過ごせば、目にこそ見得ぬ権力疲労は避け得ずとなり、末端に至る迄の目配りは無理難題には措かれる筈のもの、稀代の政治家たるウラジミール プーチンが、国家指導者として存分に条理在る政治力を発揮出来る今の期間に於いてこそ、ロシア連邦国家国民の、遍くに於ける条理の底上げは、見られていなければならずのもの、基より、政治的後継者となるべくの人材擁立も急がれ様と言うもので、即ち、四十歳代位にまで若返らせた人材の発掘登用と育成は、ロシア連邦の維持と護持には必要不可欠となるもの、勿論、数千人規模での人材の選別登用は喫緊の課題となり、選別されし彼等をして政治的現場に直接に立たせては、実践を積ませるべくの訓練を施し、十二分なる教育を積ませた上で世に送り出さねばならずと云う、少なくとも、ウラジミール プーチン大統領が現職として活躍出来る今の内にこそ、先んじて仕掛けて置かなければならずのもの、即ち、政治的にせよ経済的にせよ、或いは、教育的人材の発掘にせよ、稀有にして有能なる人材の発掘等は、何もせずに現れ出ずるものでは無く、況してや、自然体を以って現れるのを俟つなど、千三つにも等しい戯言ですら在れば、現役を執行し得る期間内に於いてこそ、次なる人材を育て措くべきがプーチン現政権に与えられし責務であり義務と云うもの、基より、此の侭に推移すれば、紛う事無く現大統領は、ロシア現代史に於いて責務や義務をこそ怠ったと云う史実として著され、且つ、ロシア連邦国家国民をして崩壊へと導いた戦犯でもあるとされるのが必至でもあれば、今からでも遅くは無い、人材が整う迄の期間、日本国家国民の条理の手を借りてでも、ロシア連邦国家国民に拠る生き残り策を講ずるべし、即ち、日ロ史を学ぶ事から始め、<北方四島無条件一括返還>問題を受け容れて解決、<ロ日和平条約>を結び、北東アジア領域での国家安全保障政策を確立する事こそが重要で、一億四千万人ロシア民族の総斃れをこそ防ぐ、其れこそが国策としなければならないのである。

 本より、自国ロシア連邦をして無敵なる存在であると信じ込み、且つ、ロシア連邦の手で、米国を葬り去る事は出来ても、ロシア連邦は生き延び得ると錯覚し続け、自信過剰を以って貫き通す彼等時代錯誤の侭に生き続ける、ロシア民族に遺された、唯我独尊を楽しんでは謳歌し続ける時間は、左程に在るものでは無く、基より、米国並びに中国、乃至は、英国やイスラエル国、はたまた、仏国や、ウクライナ国を含む他のEU諸国に拠る、対ロ戦略に向けての思考一つ次第では在るが、未だ纏まっていない様に見えたにせよ、此れから先、何十年にも亘って纏まらずの体制に措かれるものでは無く、必然として、其の豊満にする身を襲う事になるであろう、異民族分子の取り除きが肝要となり、或いは、其の異民族分子をして対ロ殲滅へと駆り立てる、因子の除去や削除こそが重要となるもの、勿論、ロシア連邦が待ち望む国家安全保障政策の瑕疵無き遂行は、ロシア一国で成し得るもので在ろう筈も無く、況してや、不条理事象遭遇に関わる、厳しくする認識一つ無き、プーチン現職大統領を除く、ロシア連邦国家国民が、上述せし通りに貧しき思考態様にどっぷりと浸かっている以上、為す術無しとする所、日本国は勿論の事、韓国も北朝鮮国もまた、絶滅に向かう巻き添えなど喰らいたくも無いと、考えるだけでしか無いので在る。

 機会さえあれば執拗に何度も、プーチン大統領の一挙手一投足を取り上げては褒め称え、彼が動く其の政治姿勢を見ては、ロシア連邦国家国民は総じて学び採るで在ろう事を確信もし、大統領の後背に位置するであろうロシア民族は、押し並べて、自らの脳内に、社会正義の顕現手法として蓄積させるであろうと推測、斯かる大統領の織り成す、理性的条理を以って為す政治的事象の数々は、総じてのロシア民族の胸の内に、持たずを当然とした自尊心を植え付けては育成、乃至は、社会正義の顕現をも生み育て、其の発露へと繋げ、或いは、国家アイデンティティーとして昇華させては、異民族の存在重要性も認識、酔い倒れ、且つ、他力本願の人物等にも、条理を以って身に付けさせ得るだろうと云う、其れこそが、末端の一人にまで至る、理性在る、条理に基づく思考や行動が、須らくに適うロシア民族として成長(底上げ)するのであろうと、プーチン大統領とともに、期待し理解すらして来たのだが、脆くも期待外れでも在った事は、在ろう事か、プーチン大統領本人の来日と、長門に於ける彼の発言に因って、手厳しく思い知らされる事と相成るのである。此れ程までに己が措かれし現実を学ばず、且つ、良しとさえし、未だにプーチンで在れば”何かをして呉れる”との、無定見に為す相乗り批判がロシア連邦国民の間に蔓延すらしていれば、来る近い将来は察して余りあるもの、スラヴ系ロシアの民がどれ程に生存し得るかは定かならずだが、其の大半は、日本民族同様に、炭化し消滅する命運下に措かれてはいるものと推理せざるを得なくなるのである。

 日本民族が持つ、様々なる能力や知的潜在力をして、拝借や貰い受けは一切無用と国家理念の埒外に措き、今迄がそうで在った様に、無法者として生き抜くだけの体力はロシア民族には消えずに遺り、また、其れで良しとすると豪語しては判断する、ウラジミール プーチン現職大統領とロシア連邦国家国民、また、日本国民は国民で、其れでは済まないとせずに措くのは、偏に、<天皇、皇后両陛下>をして日本民族の長として敬い奉り、且つ、可愛い孫娘神を一とする、一億二千六百万民族神が総じて、夫々の分野に於いて生き生きとして働き、苦楽こそ糾える縄の如くに現れては没しもするが、理性在る条理を以って間違い無く判断し対処、即ち、貧乏神や疫病神を後背に抱える権力者が跋扈する現世の日本社会では在っても、日々努め得ている中での幽かなる和平存続に関わる思い入れが、総じての日本民族には在ればこそのもの、基より、条理覚醒せぬ侭のロシア連邦国家国民に因る、捨て鉢にする不条理受入での巻き添えなど、まっぴらご免蒙りたいだけ、と言い放ちたい所だが、ロシア連邦に住まう諸民族の無垢なる事により、過去数世紀にも遡る間、未だ体現した事の無い静謐裡にする生活もまた手に入れて欲しくも願うからで、スラヴ系を中心とするロシア民族の、史実を基にする理性在る条理の覚醒と、日ロ現代史の学びをこそ願いたいとする所、更に言えば、スラヴ系民族を中核とする、ロシア連邦の民が置かれている社会的環境の実態をこそ、現実のものとして学んで貰わねばならない、と云う事には尽きるのである。

 即ち、プーチン大統領率いる一億四千万ロシア民族が、末永く生き延び、子々孫々にまで至る、静謐裡に措く国家社会の安寧と其の存続に必要なる事は、大国米国の軍事力削ぎ落としを企図したり、或いは、拡大一途に在る中国軍事力を、無にする画策のみが重要不可欠なものではなく、先ずは、自国民の能力開発に資するべくの教育向上を図る事を以って、国家安全保障政策遂行の一助とし、且つ、先決事項とすべし、基より、俄かにする緊急事態も差し迫っている可能性すら現に見て取れれば、隣国たる異民族の、知恵は基より、英知をも借り受けて授かるべし、基本は、自国民の条理在る底上げを俟つだけではあるが、望み薄の現状には在る以上、国家安全保障政策の遂行の為の手段は限られて来ようと言うもの、躊躇っている場合では無い事をこそ、来日せし時点で表しては欲しかったのである。

 一旦は、ロシア連邦国家国民の理性在る条理の覚醒をこそ諦め掛けたが、留め置き、模様見とする。何故ならば、諦めは何時でも出来るもの、孫娘神や一億二千六百万の日本民族、乃至は、一億四千万ロシア民族の存続の為にも諦めは無用とする所、漢民族国家主席習近平>所の騒ぎでは無い、貧乏神と疫病神を背に抱えて登場する合衆国45代大統領のD.トランプに、新ルール創りを為すどころか、民主自由資本主義に基づく世界経済をご破算にされたり、核兵器の試し打ちをされたりなど願い下げにして貰いたい所、大変に厄介なる2017年を向かえる国際社会、日本国家をして出汁にしてでも良いから、稀代の政治家なる名称を貶める事無く、”技有り一本!”と為すべく、貧乏神と疫病神を両肩に背負わされては彷徨い続ける自国民をして擲ち、条理覚醒を無さしめる最期の機会とすべきでは在るのだろう。

 2017年は、国際社会全般が紛う事無く騒がしくも在ろうと推定される年、喧噪下のみの雑音で在れば良いが、閃光を放つ爆音では無い事だけを、大宮氷川神社の御祭神として祀られる”速須佐之男命”に、御願い申し上げる事と致す。

 良いお年を迎えられます様、敵方にも祈念申し上げる。