日本の歴史は日本人が創る

ヤマト民族日本人に“我れ蘇り”を希う

☆銃乱射事件を繰り返す米国と、銃こそ用いぬが類似せし日本社会。

 米国社会では、異常事態とでも言うが如く、而も、頻繁にして起きている不条理事象、即ち、社会秩序崩壊の一事象として看做す事の可能な、所謂、精神疾患著しい未成年者や成人群に因る銃乱射と大量殺傷事件の惹起、斯くも狂い続け、おぞましくも在るアメリカ合衆国の現有姿を見せ付けられる度毎に、米国社会をして憂いるのは勿論のことだが、同時に、脳裡に浮かび上がる不安が去来するだけ、本より、銃乱射に因る殺戮事件でこそ無いが、我が国に於いても現に多発している、秩序破壊事象の数々が思い浮かぶのである。米国社会での不条理事象とは内容こそ異なりもするが、形を変えては惹き起こされる、米国と同様の不条理なる事象発症で在る事は否定し得ずに措くもの、基より、日本列島内に於いても既に現れ、表出すらしている、(*)社会現象としての不条理事象の現れですら在れば、執政権一つ無き道々の民が、何とかならぬものかと、今更ジタバタ足掻いても栓無き事、発症をして鎮めることは本より大事だが、発症の因をこそ突き止め取り除くのに如くは無し、基より、発症の因と其の因を極める物事の正体の突き詰めも重要と言うもので、斯かる不条理事象を撒き散らす因の確認と摘出排除作業をこそ、名も無く貧しく美しくも無い我等道々の民こそが(声を上げて)遣るべきもの、即ち、不条理事象をして惹き起こす原因は何れの事象にも在る筈で、其の因をして突き止め、摘出、処置しなければならない事をこそ、広く国民の享有下に措き認識、摘出の実践に移さなければならないのである。基より、米国社会で頻繁に起きている、犯罪事象の異なる無差別殺戮と云う銃乱射事件では在るが、他山の石として看過、捨て置いてはならないと言う事である。

(*)弱い者虐めに因る排除行為と自殺への追い遣り、社会正義をして司るべき人間が平然として嘘を吐き相手を貶め、凶悪犯をして無罪放免に解き放つ等、或いは、強き者が弱き者をして奴隷扱いに措く等、はたまた、過ちを認めず逆上指摘せしものをして排除、生活権を奪う等、また、権力者に因る理無き村八分の強化を設定、服従せぬ者への閑職への追い遣りを為す等、また、司法府は公権力者の悪事に対して”、見ざる聞かざる言わざる”の三無主義を貫き、且つ、出世欲の為に職務放棄をこそ常態化させて終う、等々。

 十七名にも上る未成年者達(高校生)が、因果応報も無く、且つ、何の咎も犯さずの中で、米国社会の中で再三にして其の尊い命が酷くも奪われ、而も、白昼堂々と学校の施設内で凶行に及ばれ、在るまい事か、戦争下になど措かれていない米国社会で軍用機関銃を乱射されては天に召される犠牲者となり、また、生命には別条無く運よく生き延びた子供たちと言えどもまた、数十名が重軽傷を負い、肉体的にも精神的にも深い損傷を受けると云う、病理的とでも言うべき不条理事件が、一月も経たない内に繰り返し繰り返し米国社会では発生し続けてもいるのである。基より、米国社会では(ロシア連邦でも類似せし不条理社会環境をこそ持つのだが)、形式さえ整っていれば、誰しもが自由に手に出来る、其れは拳銃で在りライフル銃、或いは、軍事用に多用される機関銃を一とする兵器と云うもので、まともな国家社会で在れば有り得ぬ、法を以ってする銃器弾薬の権利所持と言うもので、況してや、米国社会に於いては建国以来延々と続く不条理法の布設、言わば、銃に因る年間の犠牲者数一万五千人前後を常時に於いて惹起せしめる、起きるべくにして発症する忌々しき事件でも在れば、徐々にでは在るが、銃規制を求める声が此処十年間に於いて高まり始めているのは、如何に精神的に病み続け、且つ、治療困難下に在るアメリカ合衆国社会とは言え、まともなる声すら上がるのも、遅きに失しているとは言え、何等不思議では無きもの、勿論、精神疾患著しく、全米ライフル協会から、年間二、三千万ドル(二、三十億円)にも上る、高額なる政治寄付すら集めてもいれば尚更の事、法の布設に因る、銃等規制強化に因る米国市民社会からの重火器と弾薬の一掃と撤廃、並びに、罰則の強化は喫緊に措く重大なる法制度の整備と言うもの、とは言え、斯かる銃所持禁止法案の整備は、病的人物をして大統領の座から引き摺り降ろす以上に難しく、且つ、困難を極めるのである。

 上記フロリダ州の高校で起きた大量殺戮事件、止む事無く延々と続く痛ましい事件の再発防止策に関して、記者団から銃の規制強化の意向を強く問われたD.トランプ大統領、「ム、ム、ム、」と、口をへの字に曲げたまま質問には一切応えず、はぐらかして言ったとされる言葉が、近々に於いて同校を見舞いに訪問したいと言っただけとか、基より、銃等規制強化に前向きに動いていた前大統領であるバラク オバマ氏の政治的姿勢をこそ非難する事も無かったが、気に食わぬ質問に対する相も変わらずの仏頂面を以って為す、核心を逸らす様は何時ものパターン、精神疾患著しい大統領ならではの為せる業で、無言の貫きに因る恫喝とでも言うべきもの、彼の得意とする、後日に於けるSNSで呟いたとされる発言、即ち、”当該事件を惹き起こす予兆が見られていたにも拘らず、FBIは、(ロシアンゲート事件に)係りっきりになり、見過ごしにして終ったが故に起きた、其れこそが、殺人事件でさえ在る”と、精神疾患著しい大統領はいけしゃあしゃあと呟き、恰も、野放しにされる銃社会や、其れを利用行使して殺人事件を惹き起こす、犯罪者を詰る事はせずに、逆に庇われる始末、此処まで酷い、言わば、非常識発言を吐き棄てられても一つとして反論を見せぬ政権与党の共和党、須らくが狂っていると言う以前に、狂気的大統領たるD.トランプの後背に存在する、其れこそ不可視下にこそ措かれもするが、確かに佇立するであろう”貧乏神と厄病神”に威嚇気圧され、言葉を失くしている風情は、憐れと言うよりも残酷に過ぎるもの、精神疾患著しい大統領を選択せしアメリカ合衆国史の一ページを、現に作ってもいるのであろう。此れからどの様に展開していくかは、D.トランプをして選択しなかった、其れこそが過半数以上を占める合衆国市民が声を上げ、挙って決めるもの、無関心に捨て置いてはならないのである。

 振り返って我が国を見れば、狂気的にする銃乱射に因る殺戮事件こそ殆んど皆無でレアーケースに措くが、社会状況をつぶさに見て行けば、特に、現下に動く政治社会状況を見ていくと、銃乱射の悲劇遭遇に優るとも劣らぬ殺伐とした状態にはあるもの、大袈裟では無く、所謂、異邦人傀儡子宰相安倍晋三に因る、此の侭に為す独裁的悪政が継続されれば、必ずや、大量殺戮すら被り兼ねない、即ち、上空から舞い落ちる可能性の高い米軍戦闘ヘリや米軍戦闘機等の、占領国日本に対する止む事なき民家上空への飛び交いは已然として頻繁に続くであろうし、或いは、北朝鮮からか中国からか、はたまた、ソ連邦からかは定かでは無いが、異邦人傀儡子宰相、若しくは、傀儡子宰相の<主>たるアメリカ合衆国の政治活動や言動如何に因っては、紛う事無く大量殺戮が謀られしもの、即ち、核搭載ミサイル攻撃を以って為されし可能性が強く在るもので、言わば、民族消滅にまで至らしめられると言う、悲惨さに遭い兼ねずにも措かれたり、或いはまた、現下の異邦人傀儡子宰相の旗振り法案ともなる、日本民族家畜人間奴隷化法案等(換言すれば、裁量労働制民族浄化法)を以って為される、言わば、「日本列島一億総奴隷化構想」への追い遣りをして速められるで在ろうとの、合衆国大統領D.トランプに因る狂気的社会造りに負けぬ、其れ所か、遥かに上回る不条理なる”狂気性”の乱射は、今、異邦人傀儡子宰相たる安倍晋三政権の手で、此の日本列島で惹き起こされるべく謀られ、一歩また一歩と、日本民族に対する”手枷足枷の填め”に近付かせてもいるのである。

 虚言、捏造、曲解、沈黙を武器に為す、執政の数々は止まる処を知らず、斯かる不条理政治そのものに、故在って破綻を来して終うか、国家社会にのっびきならぬ悪影響を及ぼして倒壊して終うかは、必定のものとして近付きもするが、其の兆候は既に、独裁為政をして野放しにし、且つ、褒めそやす、権威主義に埋没せし政界や、其れを鏡の模範として写し出す、陰鬱にする社会状況の中に見て取れるもの、基より、芳しいこと等在る由も無いが、異邦人傀儡子宰相をして現に寄り添っては操る、所謂、シオニストユダヤ系大財閥資本家群の政治的前衛たる、列島に常駐せし<ブレイン群>や<エージェント群>等の狡猾さが為さしめる業、斯かる現況をして認識下に措かぬ侭、或いは、対策や必要性を講じぬ侭に立ち向かい、傀儡子宰相に条理を説いても無駄と言うもの、災禍に遭ってみなければ解らぬ程に、我等道々の民もまた”落魄れた日本民族”なのかと、つい疑ってみたくもなるのである。

 病的と断定しても良いのだろう、精神疾患著しい米国大統領D.トランプに優る強硬姿勢を、日本社会で貫き通す異邦人傀儡子宰相安倍晋三北朝鮮問題に言及して見れば解る様に、彼の頭の中に在るのは唯一、軍事手段の行使(被行使)以外に解決すべき道は無しと断定し続けているだけ、所謂、北朝鮮国をして窮鼠状態に追い込む事で、必ずや、北朝鮮から受けるであろう可能性の高い核攻撃の日本国に向けた発射を前提として、何千億円もする高価にして精度の落ちる武器弾薬を、米国軍需産業から買い続けるよりは、話し合いに拠る対北朝鮮外交を根気よく続け、而も、小泉純一郎元首相が(当時の日本政府)独自の判断で推し進めた、拉致被害者一部帰還が叶った件の、対北朝鮮外交を押し進めた方が、即ち、自らが北朝鮮国に出向き、地道なる外交交渉を続けていく方が、どれ程に賢い手段で在り、且つ、両国民の為にもなり、負担が軽くなるかは考える余地すら無いところ、もともと頭の中身そのものが”日本国”に無く、アイデンティティーの欠片すら持たない異邦人傀儡子宰相たる安倍晋三の事、「話し合い外交」など在る由も無いのである。